Guerlain Angélique Noire

Caramelised pears on the dinner table at Downton Abbey
Downton Abbeyのディナーテーブルに並ぶ キャラメリゼされた洋梨

「Guerlainのフレグランスは、メインストリームなのか、それともニッチなのか」という議論をたまに耳にする。御存知の通り、Guerlain自体は誰もが知っているプレステージブランドではあるけれど、フレグランスにおいては「ニッチブランドに近い」と主張する人もいる。わたしはその議論に参加できるほど知識がないので、どちらに賛同するでもないけれど、Guerlainのフレグランスの中でも例えばMITSUKOのようにクラシカルなものはメインストリーム感があるし、それに反してトレンドを意識しながらも古株らしさを残した新作はニッチフレグランスに近い香りの構成とも言えなくはない気がしている。

わたしが初めてAngélique Noirを試したのは、HarrodsのSalon de Parfumsだった。手渡されたムエットを香った瞬間に、脳が混乱して言葉を失った。最初にイメージしたのは、Downton Abbeyの世界に出てくるような、19世紀頃の上流階級の女性たち。ずっしりと重みのある、パウダリーで華やかな香り。そしてすぐにキャラメルのような甘さと、シャリッとかじった洋梨のようなフレッシュさを感じる。少し時間が経つと香りがするすると磁石に引き付けられるようにきれいにまとまって、キャラメリゼされた洋梨に落ち着く。香りの旅路に道連れにされたような、こんな香りは香ったことがなかった。

アンジェリカのスパイシーなグリーンノートとジャスミンのフローラルノートが華やかなトップから、夜がゆっくりと更けるように静かに深い甘さへと移り変わっていく。パウダリー感は残るものの、シダーがほどよいウッディ感をプラスしていて、フェミニンに寄りすぎていない。個人的に、パウダリー系のフレグランスには酔いやすいけれど、これは例外。むしろ、ずっと香っていたいと思うほど心を酔わされる。クラシカルな雰囲気を持つ香りなので、万人受けはしないかもしれない。わたしも、恐らく10年前にこの香りを嗅いだらちょっとマチュアすぎるかな、と思ったかもしれない。30代も後半になったいま、これから先の10年に纏っていたい香りだな、と思う。

この香りは、特別なイベントごとがあるときに限って使っている。仕事で人に会うとき、クラシカルコンサートやお芝居を見に行くとき、パートナーの家族に会うときなんかに使いたい。普段の自然体な自分というより、少し背伸びしてシャキッと気合を入れたいときに合う。自分を縁取る、燻金のアンティークフレームのように。

100ml £280 / 46,200yen