What lemons smell like in the world of Lyn Harris
リン・ハリスの世界で、レモンはこんな風に香る
フレグランスにおいて、レモンを香りの軸に置いた香りというのは、創るのも、纏うのも難しい。レモンの爽やかな香りは人気の素材ではあるが、フレグランスの原料として使用する場合には、その揮発性の高さや他の香りとのバランスなど、課題となる点が多い。そしてレモンのフレグランスを身に付ける側も「レモンの香りの洗剤で部屋を掃除してきたのかと思われやしないか」とか「香りの面白みに欠けやしないか」と、要らぬ心配をしてしまったりする。
Perfumer HのLemon Treeは、わたしがこれまで香ったレモンの香りのどれとも違う雰囲気を纏っている。レモンのジューシーさと、ほのかな皮の苦味、グリーンリーフのみずみずしい生命力が、しゅわっと弾けるように香る。そこには確かにレモンの香りを感じるのに、その酸味や刺激は影を潜め、やわらかく上品に香る。少しするとフローラル調の甘さが増してくるのだが、これはジャスミンウォーターだろうか。ジャスミンアブソリュートのように強く存在感を主張するのではなくて、あくまでもふわり、ふわりと風に乗ってくるような香り方だ。さらに時間が経つと、やわらかく甘いジャスミンと、少しシャープでハンサムなラベンダーがバランス良く重なり、香りに深みが増す。そして最後にはムスクが肌のあたたかみを引き出すように香り、すべての素材が調和する。
この香りをムエットで嗅いだときはトップノートのフレッシュさを強く感じ、若干単調な香りに思えたが、実際に肌に付けると、単純な柑橘系フレグランスで終わらない、複雑な迷路みたいな香りの誘いに心奪われた。そして、レモンの要素が最初から最後まで感知できることにも驚いた。フレグランスにおけるレモンは、最初の10分くらいしか一緒にいてくれない気まぐれな猫みたいなものだと思っていたけれど、Lemon Treeは最後までほんのりとレモンの気配がする。フレッシュな香りから、少しフェミニンな甘さに寄り道をして、最終的にはマスキュリンな要素を含んだあたたかいムスクに落ち着く。この香りの旅は、なんとも言えず嗅覚に心地良い。
全体的に香りは控えめで、たっぷり付けても数時間後には鼻を近づけなければ分からない程度まで落ち着く。けれど香りは消えてしまうのではなくて、控えめに存在していて、ふとしたときに思い出のように香る。わたしは手首、首筋、そして手の甲や指先(手を洗ったら落ちてしまうのだけど)にも付けて、あえて自分がこの香りを楽しめるようにしている。軽い香りだからこそどんなシーンでも気軽に使え、その日に会う相手が誰であろうとその人の気分を害することがないと自信を持てる。仕事でも、友人との食事でも、ひとりの夜でも、どんなときにも付けていたい香りだ。
Lemon Treeは使い込めば使い込むほど、その香りの移り変わりと控えめながらに個性的な香りに虜になる。50ml £150となかなかわたしのいまの経済状況では手が出ないのだが、6月にパリへ行ったときにボン・マルシェでいただいた小瓶(たっぷり5mlくらいくれた)を大切に、大切に使っている。どれほど大切に使っているかというと、スプレーのない小瓶に入れてくれたので直接付けると無駄に付けすぎてしまうのではないかと思い、調香に使うピペットでほんの2滴くらいを吸い上げて付けているほどだ。そして使えば使うほど、この唯一無二の香りに魅せられ、これ以外の香りでは物足りなく感じてしまうほどに虜になってしまうのだ。
50ml £150 / 100ml £560