Scenthusiasm PERFUME WORKSHOP

Scentful day with an artisan perfumer Sarah McCartney, the owner of 4160Tuesdays
ニッチフレグランスメゾン 4160TuesdaysのSarah McCartneyによる香りのワークショップ

2021年の秋に調香の勉強を初めて、早いものでもう1年以上が経過した。その間4〜5ヶ月くらいはCovidや副鼻腔炎で体調が悪かったり、嗅覚がおかしかったりしたので、継続的に勉強を続けていたとは言い難い。それでも、40種類以上の香料をなんとなく覚え、調香の基本を理解した。つまづいたのは、香りをブレンドするというレベルに達したときだった。「香りを自由にブレンドしましょう」「その分量は自分の嗅覚を頼りに決めて、何度かブレンドしながら修正していきましょう」と言われても、と頭が真っ白になった。

そもそもフレグランスというのは好きな香りだけをブレンドすれば良い香りが出来る、というものではない。苦手だな、と思う香りも少量入ることで他の香りの良い部分を引き出すこともあるし、逆に好きな香りだけをブレンドしても香りが濁ることがある。そのバランスはトライアンドエラーで練習するものだ、と言われればそれまでなのだが、たった10mlの香料しか手元にないのに、あれこれと練習するのも難しかった。更には、香りは3週間ほど寝かせないと完全に混ざらない、とも言われると、1ヶ月に1回しか修正が効かないのか…と混乱した。ただ、これはわたしの生真面目な性格に起因するもので、クリエイティブな人ならあれこれとブレンドしてみようと創造力が働くのだろう。一人では乗り越えられない壁を前に悶々とし、誰か助けてはくれまいか、と悩む日々が続いた。

(余談だが、わたしはこれを、臆病で真面目な自分の性格と、日本で育ったために自由にクリエイションすることに慣れていないというふたつの要因からなるものではないかとぼんやり思っている。もちろん、日本で育ってもクリエイティブな人はたくさんいるし、なんでも環境のせいにするつもりはないのだが、わたしの経験で言えば小さい頃から幼稚園や学校では決められた枠の中でのクリエイションを求められていた。だから逆にまっさらな自由を与えられると「少しでもガイドラインはないでしょうか」となってしまう。それに加えてわたしは生真面目で「正解・不正解」を気にする性格なのだから、厄介なのだ)

そんなある日、On the Scent PodcastでゲストのAmanda Beadleが「子供が手を離れてから、EPCのオンラインコースやSarah McCartney氏のワークショップで調香を学んで、ブランドを立ち上げた」と話しているのを聞いた。彼女には天性の才能があったのだろう、と思いながらも、EPCとはまた違った角度でブレンドを学べるかもしれない、とSarah McCartney氏のワークショップに参加させていただいた。

Who is Sarah McCartney?

Sarahは、もともとLUSHでLUSH TIMESを12年間に渡って執筆していた。もともと音楽にも親しみがあった彼女は、香りを音で感じる「synesthesia」という知的感覚を持ち合わせているそうだ。「子供の頃は魔女になりたかった」という彼女は、LUSH在籍中に独学で調香を学び、退社後に4160Tuesdaysを立ち上げる。このユニークなネーミングは「寿命が80歳までだとすると、4160日の火曜日を過ごす」という意味で名付けられている。4160Tuesdaysのフレグランスは、調香からボトリング、ラベリング、梱包まですべて手作業で行われているというのも驚きだ。彼女は経験と類まれな感覚を駆使して、50以上の香りを生み出している。

Courses

Sarahは、とても寛大なクリエイターだ。自らの長い経験と努力から得た知識を、香りに興味を持つ人たちに惜しみなく分け与えたいという優しさから、SarahはロンドンのHammersmithにある彼女のアトリエで、ワークショップや調香コースを開いている。

ワンデーワークショップ:毎月スタジオで開催されているワークショップ。11時〜16時まで、香りに慣れ親しみ、オリジナルの香りを作る。
ウィークリーワークショップ:5日間に渡って調香を学ぶワークショップ。現時点では3月と8月に予定されている。オンラインで受講すると£250割引となる。
Scenthusiasum:自宅学習用のオンラインサブスク。Sarahがこまめにアップする動画を見ながら、香料やブレンドの仕方についての知識を深める。サプライズ付きの£10コース、調香を学ぶ£10コース(世界どこからでもアクセス可能)の他に、それぞれ£20、£30のコースも用意されている。

わたしは£10のコースをサブスクしているが、月1回Zoomのグループクラスに参加することも出来るので、対面でSarahの話を聞くことが出来るというのが心強い。

さて、ここからが本題。先述の通り、先日ワンデーワークショップに参加させていただいた。Hammersmithのスタジオはアットホームな雰囲気で、7人の参加者たちはすぐに打ち解けた。調香を勉強したことがあるという参加者はわたしを含め2人で、中にはフレグランスは好きだがさほど深く知らない、という人もいた。Sarahによると、参加者の中には「香料を楽しみたいが、特に自分の香りを創りたいわけではない」という人もいるそうで、それも問題ないそうだ。つまり、誰もがクリエイティブマインドを持った人ばかりが参加するわけではなく、香りに興味がある人なら誰でもウェルカムなのだ。

午前中は、香りに親しむことから始まる。Sarahがムエットを配り、わたしたちはそれがなんの香りなのかを考える。香料会社や原産地が違うとここまで香りが違うのか、と思うほど、親しんでいるEPCの香料と香りが異なって感じた。こういった経験を出来るのも、ワークショップの醍醐味だ。手元に配られたブックレットには、いくつかSarahの考えたブレンドが載っていて、わたしたちはそれになぞらえて香りを調香する。自信があれば、好きな香りをブレンドしても良い。


わたしはもちろん、Sarahのブレンドになぞらえて香りを作った。が、自分の好みに合わせてラベンダーの分量を半分にし、ネロリを入れた。出来上がった香りは、シンプルなのにバランスが取れていて、さすがと思わずにはいられなかった。この工程でも、都度Sarahにアドバイスを求めることが出来るのは心強い。参加者は各々の香りを調香師ながら、Sarahにムエットを嗅いでもらい「何を足したら良いと思うか」「このバランスで合っているか」などアドバイスをもらっていた。

昼食は自由に取り(わたしはマフィンを持参し、下階でSarahと一緒に頂いた)、戻った者からまた自由に調香を始める。学校のような厳しさはなく、あくまでも自分の意志で好きに動ける。レッスン中も、わたしは何度か外に出て鼻をリセットさせたりしていたし、他の参加者も自分が作った香りを外に持っていって嗅いでみて調整をかけたりしていた。

午後は、イチから好きな香りを作る。Sarahにお願いして香料をいくつか出してもらい、わたしはずっと作ってみたかった香り創りに着手した。レモンとミントをトップに、カシスとジャスミン、アミリス、いくつかの合成香料を加えた。わたしは最初から及び腰で、Sarahにアドバイスを求めながら恐る恐る進めた。途中、なにか物足りないというわたしに、Sarahはローズを加えることを勧めた。「ローズを入れると香りが引き立つ」という彼女のアドバイス通り、ほんの少しのローズはフルーティなカシスを引き出し、香りをキュッと引き締めた。最後の最後まで、バニリンを加えるか否かで悩んだので、少量でもう一瓶創り、バニリンを入れたものと入れていないままのものをふたつ持ち帰ってきた。


香りが馴染むまで3週間ほど待ってから判断しようと思っているが、今のところはじめてのブレンドにしては悪くないと思っている。バニリンを入れたものは、ムエット上で嗅ぐと香りが曇っている印象で、肌に付けるとバニリンの甘さが強く出てしまう。バニリンを入れなかったものは、レモンやミント、カシスのシャープなフレッシュさが引き出されていて、悪くないが、やっぱりなにかが足りない。とは言え、あのJean-Claude Ellenaですら何度も修正を加えて香りを完成させ、ときには創り始めた香りがどうしても気に入らなくてボツにすることだってあるのだから、生まれてはじめて香りをブレンドした凡人のわたしが神童でもあるまいし、最高の香りを作れるとは思っていなかったので、がっかりはしていない。

Sarahは、本当に素晴らしい人だった。堅苦しさなどまったくなく、初めて会ったのに甘えさせてくれる懐の広さがある。どんなベーシックな質問をしても恥ずかしくない雰囲気を作ってくれるので、聞きたいことはどんどん聞けたし、その都度求めていた答えを与えてくれたり、やさしい後押しをしてくれた。Sarahは自分のことを「オタク」だと表現した。ロマンティックな調香師ではなく、完全にオタクだと。だからこそ、カリキュラム通りの「授業」をするのではなく、業界の裏話や、フレグランスの「本当の話」に逸れたりするのだが、それがとても興味深い。彼女は「どの香りが入っているのか分からないフレグランス」こそが、上手くブレンドされたフレグランスなのだと言う。これは、今後香りを創る上で大きな指針になりそうだ。

彼女の助けを得て、はじめて自分が「どんな香りになるんだろう」と思っていたブレンドを作ることかできて、達成感が溢れた。「自分のフレグランスを作った」とまでは言えないが、「調香をした」ことには変わりない。そして、同じように香りに興味を持っている人たちと交流することが出来たのも楽しかった。人見知りで、イベントへ行ってもいつも隅で座っているだけのわたしにとって、こんなに自然体で楽しむことが出来たのも、Sarahの飾らない人柄が作り上げるアットホームな雰囲気のおかげだと思っている。

月1回の開催だが、あなたが香りに興味があってロンドンにいるなら是非参加してみて欲しい。調香の勉強をしたことがなくても楽しめるし、基礎的な知識があっても絶対に退屈しない。香りを創りたくなければ創らなくても良いし、色々とクリエイティブなアイデアがあるなら、それをSarahにブラッシュアップしてもらうことも出来る。自由な環境で、のびのびと香りに向き合ってみてはどうだろう。